TRAVELER'S notebook LOVE AND TRIP
赤いトラベラーズノートの試作は、たしか4年程前から進めていた。そのときは、発売するスケジュールを特に決めていなくて、なんとなく次に新しい色を作るのであれば赤がいいなと思って、試作を依頼した。
例えば、サイケデリック全盛期のジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが着てそうなサテン生地やコーデュロイの赤。ウォン・カーウァイの映画に出てくる60年代香港の薄暗くて妖しいホテルの部屋にかかっているベルベットのカーテンの赤。葛飾北斎の「赤富士」やマティスの「赤のアトリエ」。まだ空が明るくなる前の薄暗く光る朝日の赤。
例えが分かりづらいですね。要は、目指していたのは鮮やかな赤ではなくて、ワインレッドとかバーガンディと呼ばれるような深くて暗い赤だった。バラの花束やフェラーリのボディ、映画『パリ・テキサス』でナスターシャ・キンスキーが着ていたセーターと口紅のような(高校生のときはじめてこの映画を観て、その美しさに衝撃を受けた)、見た人を思わずはっとさせる赤の色気や華やかさをぎりぎりで保ちながら、暗い影があり、赤茶けた大地のようなナチュラルな印象も感じさせる。つまり簡単に言ってしまえば、50過ぎのおじさんである僕でも照れずに使える赤だ。
何度か試作を繰り返して、これだと思える赤いトラベラーズノートのサンプルができあがった。だけど、そのときは、赤をリリースするタイミングではないと思った。ちょうどコロナ禍だったし、オリーブの定番化を進めていた頃でもあった。そのうち赤にふさわしいタイミングがきっとやってくるだろうと思い、サンプルボックスの中に入れて、棚の中にしまっておいた。
2025年のダイアリーのテーマをLOVE AND TRIPに決めたのは、去年の今頃だった。その理由は、このブログにも何度か書いたけれど、戦争が続き、憎しみを煽るような言葉が蔓延る状況に対してのアンチテーゼとして、あらためて好きを共有することの素晴らしさを表明したかったからだ。
ダイアリーのテーマが決まり、デザイナーの橋本がカスタマイズステッカーや下敷などをデザインしていった。LOVEがテーマということで、彼女はトラベラーズではこれまであまり使っていなかった赤を多用し、たぶん初めてハートをデザインに使った。僕は、トラベラーズノートを中心に好きなものに囲まれている姿をイラストに描いた。完成したデザインを見ると、新鮮に感じるのと同時に、これもまたトラベラーズらしいと思った。
それから半年ほど経ち、今年の春に発売することになるトラベラーズノートの新商品の企画を始めたとき、今こそ赤いトラベラーズノートをリリースするタイミングだと思った。ダイアリーのテーマを決めてから半年が過ぎたけれど、相変わらず戦争は続いていたし、誰かを貶めようとするためのデマや罵声が飛び交っていた。その状況はむしろ悪化しているように見えた。
そんなときこそ、ノートを手に世界中を旅してさまざまな人と会い、好きなことや楽しいことを書き留めていきたい。それを好きな人たちと共有できればもっといい。トラベラーズノートは、ずっとそのためのノートでありたいと思っていたけれど、もっとダイレクトに「LOVE」と「TRIP」のためのトラベラーズノートを作りたい。そのトラベラーズノートこそ、あの赤が相応しい。そう思った。
僕は赤いトラベラーズノートのサンプルを棚の奥から取り出して、あらためて手に取ってじっくり眺めてみた。やっと世に出るタイミングがやってきたんだな。そんなことを心のなかで呟きながら、色の微調整をするために、もう一度試作を依頼した。そうして、最終的な赤の色ができあがると、橋本がデザインした「LOVE AND TRIP」のロゴを背面に刻印。外側は深いワインレッドのような赤なのに、内側は少し鮮やかな赤なのが、さりげなく華やかさを感じさせてくれていい。さらに、そのトラベラーズノートを入れるためのコットンバッグに、カバーにセットするリフィルも作り、4月にリリースする「LOVE AND TRIP」のコレクションができあがった。
僕は、テストを兼ねてそのサンプルをすでに使っているのだけど、けっこう気に入っている。正直に言うと、使い始めの頃はちょっとした気恥ずかしさを感じた。だけど、使って何ヶ月か経ち、革の表面はより深い色になり、少しツヤが出てくると、気恥ずかしさもなくなり、より馴染んできたような気がする。これからさらに使い続けることで、どんなふうに変化していくのかも楽しみだ。発売まであと一ヶ月と少しあるので、発売前までにもう少し変化した姿をこのブログで紹介できるかもしれない。
公式サイトの紹介文の繰り返しになるけど、やっぱりここでも書いておきたい。
憎しみあうより、愛しあうことに目を向ける。嫌いなことをののしるよりも、好きなことを好きだと宣言する。もっと旅をして、出会った誰かと好きなことを語り合えば、世界中で愛を伴った温かく親密な繋がりが生まれるかもしれません。トラベラーズノート LOVE AND TRIPがそのきっかけになれば嬉しいです。